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函館地方裁判所 平成4年(ヨ)75号 決定 1992年12月16日

債権者

冨岡由夫

金野正孝

石岡作治

右債権者ら代理人弁護士

森越清彦

藤田徹

債務者

函館市長

木戸浦隆一

右債務者代理人弁護士

嶋田敬昌

嶋田敬

主文

一  債権者らの本件申立てをいずれも却下する。

二  申立て費用は、債権者らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一債権者ら

1  債務者は、別紙物件目録記載の建造物を取り壊してはならない。

2  債務者は、前項記載の建造物の取壊し費用を支出してはならない。

二債務者

主文一項と同旨

第二当事者の主張の要旨

(申立ての理由)

一被保全権利

1 債権者らは、いずれも函館市の住民である。

2 債務者は、函館市長であるが、平成四年三月ころ、別紙物件目録記載の建造物(以下「本件建造物」という。)について、本件建造物は文化財に該当しない旨の函館市文化財保護審議会(以下「保護審議会」という。)の決定を受けて、その取壊しを決定した。

また、函館市議会は、同年九月三〇日、本件建造物の取壊し費用を含む補正予算を議決した。

3 債務者の本件建造物の取壊し及びその費用支出の違法性

債務者は、函館市長として、本件建造物の処遇に関して判断するにおいては、函館市の健全な育成、発展のため、文化的、教育的、歴史的、財政的諸見地等から、専門家の意見を聴取するなどして情報を収集し、そこから得られた客観的な資料に基づいて合理的な判断をすべき義務を負っているところ、以下の点においてその義務を怠っており、仮に、かかる判断に債務者にある程度の裁量が認められるとしても、明らかに裁量の範囲を逸脱した判断をしており、債務者が本件建造物の取壊しをすることは、違法である。

(一) 函館市文化財保護条例(以下「文化財保護条例」という。)違反

(1) 本件建造物は、大正一二年に建築された洋風木造校舎であり、北海道内最古の現存木造二階建校舎として、その希少価値は極めて高く、トラピスチヌ修道院などに見られる明治時代の洋風建築様式を一部に引き継ぐなど意匠的に多くの優れた点を有し、建築当時の優秀な建築技術が駆使されて、長年の風雨、災害に耐えて保存されてきているほか、札幌市の時計台と同様に北海道開拓使設計の流れをくむ地方的特色を有しており、右諸点は、文化財保護条例の文化財指定要件に十分合致するものであって、建築史専門家らからもその文化的価値は極めて高いものがあると評価を受けている。

(2) 債務者は、平成元年一〇月一二日に既にその諮問機関である保護審議会の審議において文化財に該当しないとの決定を得ていることを根拠に、本件建造物の文化的価値が低いとしている。

しかし、そもそも函館市としての文化財指定の対象としてふさわしいか否かは同市独自の審査基準に照らして審議されるべきところ、保護審議会における審議方法は、国の文化財指定の基準を援用し、かつ、極めて抽象的な議論に終始したものに過ぎなかった。また、保護審議会においては、建築史家らの専門的な意見を全く徴していないばかりでなく、同審議会事務局が提出した本件建造物の取壊しを可とするための資料のみを基礎とし、かつ、同事務局の説明内容のみを参考として審議され、しかも、その審議はわずか一回限りで終了した。このような審議の経過及び結果に疑問を持った保護審議会審議委員のうち数名は、右審議会終了後、その際の判断の誤りに気づいて改めて審議のやり直しを要求している。

このような場合、債務者は、少なくとも再度審議会を開催して、改めて文化財としての価値について専門家の意見を聴取して自らの判断の基礎とすべきである。

(3) 本件建造物は、右(1)に記載のとおり、文化財保護条例によって指定される伝統的建造物の指定基準の多くに合致しており、同条例によって文化財として指定保護されるべきものであるから、債務者が本件建造物の取壊しをすることは、同条例に違反する。

(二) 函館市西部地区歴史的景観条例(以下「景観条例」という。)違反

(1) 函館市は、昭和六三年四月、景観条例を制定し、明治時代から昭和時代初期にかけての面影を残す元町、末広町などを歴史的景観地域とし、指定した伝統的建造物には改修補助金を出す一方で、改築、増築には市への届出を義務づけ、その位置、規模、形態及び色彩等に厳格な条件を課している。多くの市民は、このような条例に対して賛意を示し、函館市の歴史的景観を保存すべく、経済的負担を甘受しながらこれに協力している。そして、本件建造物は、同じく西部地区にあってその歴史的景観にまさにふさわしい遺構である。

したがって、債務者が本件建造物の取壊しをすることは、西部地区に伝統的建造物群を保存し函館市に協力する市民から、本件建造物取壊しについて即時中止の申入れがされていることからも明らかなとおり、景観条例の趣旨に真っ向から反するものであり、景観条例との整合性を全く欠く非合理的な所為である。

(2) 景観条例は、その一条において、「この条例は西部地区の歴史的景観の保全、伝統的建造物群の保存その他の景観形成に関する基本的な事項を定めることにより、やすらぎのある都市づくりと豊かな人間性を培う都市づくりに資することを目的とする。」とし、その二条において、本件建造物が存在する谷地頭町を西部地区の区域の一部と定めている。また、同条例三四条において、函館市西部地区歴史的景観審議会(以下「景観審議会」という。)の設置を定め、同条において、同審議会が「市長または教育委員会の諮問に応じ西部地区の景観形成に関する基本的事項または重要事項を審議し」、さらに、同審議会は、「西部地区の景観形成に関する事項について市長または委員会に意見を述べることができる。」と定めている。

(3) すなわち、景観条例によれば、西部地区の歴史的景観に関する事項について、債務者又は函館市教育委員会が、その政策決定をするに際しては、景観審議会に対し、その調査審議を求めるために諮問する義務が定められているというべきである。

そして、本件建造物取壊しの是非は、決定の経過及び本件建造物自体の歴史的価値からして、景観条例の定める西部地区の歴史的景観の保全に関する重要な事項であったことは明らかである。

したがって、債務者が、景観審議会の調査審議を経ることなく本件建造物の取壊しをすることは、景観条例に違反する。

4 右の諸事情に照らし、債務者が本件建造物を取り壊せば、函館市に対し、回復困難な損害を生ずるおそれがあることは明らかである。

5 住民監査請求

債権者らは、平成四年九月一四日、函館市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、本件建造物の取壊しを防止するために住民監査請求を行ったところ、同年一〇月二六日、右監査請求は理由がない旨の監査結果が通知された。

二保全の必要性

債権者らは、債務者に対し、本件建造物取壊し差止請求及びその費用支出差止請求訴訟を提起すべく準備中である。

しかし、債務者は、平成四年一一月四日に本件建造物取壊し工事の業者選定のための入札を実施し、その翌日には落札業者との正式契約を締結して直ちに取壊し工事を施工すると公言しており、本件建造物取壊しのおそれが現実化すれば、本案訴訟での訴えの利益が失われることになる。

三よって、債権者らは、債務者に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく本件建造物取壊し差止請求権及びその費用支出差止請求権を被保全権利として、本件建造物を取り壊してはならない旨及びその費用を支出してはならない旨の仮処分決定をそれぞれ求める。

(申立ての理由に対する認否及び債務者の主張)

一申立ての不適法性についての主張

債権者らは、債務者に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく本件建造物取壊し及びその費用支出の各差止請求を本案訴訟とし、その各請求権を被保全権利として本件仮処分を申立てしている。しかし、右本案訴訟は、もともと個人的利益の保護を目的とするものではないうえ、本来民事実体法上の権利能力を有しない地方公共団体の執行機関としての長又は職員を被告とするものであるから、右の者を相手方として個人的利益の保護を目的とする民事訴訟法上の仮処分を求めうるとするのは相当ではない。また、地方自治法二四二条の二第一項一号の請求は、当該行為の事前の差止め自体を終局的目的とするものではなく、実質上同項の他の各号の請求に対する保全訴訟たる性格を有するものであるから、右請求について更にその請求を本案とする保全訴訟を求めることは法の趣旨に合致しない。さらに、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求権は、同条項の住民訴訟によってのみ行使できる権利であり、本案判決の確定をまってはじめて当該執行機関又は職員の違法行為を差し止めるという法的効果が生じるわけであるが、その判決確定以前に、確定判決があったと同様な仮処分を許すことは妥当ではない。以上によれば、地方公共団体の執行機関又は職員に対する当該行為の差止請求権を被保全権利として右執行機関又は職員に対し当該行為の差止めの仮処分を求めることは許されないから、本件申立ては、いずれも不適法である。

二申立ての理由に対する認否

1 申立ての理由一の1及び2の事実は、認める。

2(一) 申立ての理由一の3の冒頭の主張は、争う。

(二)(1) 申立ての理由一の3の(一)(1)の事実中、本件建造物が大正一二年に建築された木造校舎であることは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(2)の事実中、保護審議会審議委員数名が審議のやり直しを求めていることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

保護審議会は、文化財保護条例二二条四項に基づく多数決をもって議事を決することとされており、これにより本件建造物が文化財に該当しないとの意見を決したのであるから、再度の審議をすべきではないし、また、再度の審議でその結論が変わるものでもない。

(3) 同(3)の主張は、争う。

(三)(1) 申立ての理由一の3の(二)(1)の事実中、本件建造物が函館市の西部地区の歴史的景観にまさにふさわしい遺構であることは否認し、その余の事実は認め、主張は争う。

(2) 同(2)の事実は、明らかに争わない。

(3) 同(3)の主張は、争う。

3 申立ての理由一の4の主張は、争う。

4 申立ての理由一の5の事実は、認める。

5 申立ての理由二の主張は、争う。

なお、予定されていた入札は、延期された。

三申立ての理由に対する主張

1 本件建造物取壊し決定の経緯

谷地頭小学校が平成二年四月一日に青柳小学校に統廃合されて以降、旧谷地頭小学校校舎及び跡地の利用について市有地等利用検討調整会議において数度にわたり検討を加えた。この間、谷地頭小学校と青柳小学校との統廃合の経緯やその際要望された跡地利用の条件について、旧谷地頭小学校父母と先生の会、谷地頭町会等各関係団体から様々な要望や陳情もあり、これら関係団体の意見を聴取する機会を設けてきた。

これら経緯を踏まえて、平成四年三月、旧谷地頭小学校の跡地利用について、保存活用した場合の財政上、財産管理上の問題点、地域住民の要望あるいは函館市にとって利益となる活用方法の検討を加え、総合的な視点に立ち、旧谷地頭小学校校舎を解体し、跡地に青少年宿泊研修施設を建設するという政策決定をした。

右政策については、平成四年六月の市議会定例会において審議をしたうえ、同政策を実施に移すべく、同年九月の市議会定例会において、旧谷地頭小学校校舎解体撤去工事及び旧谷地頭小学校跡地擁壁改修工事についての補正予算案を提出し、旧谷地頭小学校校舎の解体の是非を含む十分な論議を経て、同月三〇日、補正予算の議決がされた。

右政策決定は、旧谷地頭小学校父母と先生の会等の関係団体の大多数の希望に沿うものであり、また、右青少年宿泊研修施設の建設は、市民の文化、福祉の向上に資するものである。

2 文化財保護条例との関係

本件建造物は、文化的価値が乏しいものである。すなわち、本件建造物の一部には特徴的な意匠の存するところもあるが、それは本件建造物の極くわずかな部分でしかないばかりか、そのような意匠を備えた建造物は、民家を含め函館市内西部地区に散在して決して珍しいものではなく、また、技術的にもそれら建造物と比べて格段に劣るので、希少価値といわれるほどのものでもない。したがって、文化財指定の対象としなければならないものではない。

3 景観条例との関係

景観条例は、西部地区に歴史的かつ文化的な建築物が多く集積していることから、地域全体に共通する景観特性を歴史的文化的景観としてとらえ、一定の地域を指定し、地域内における景観形成指定建築物等の所有者に対する助成と建築物等の現状変更行為についての届出義務を課して歴史的景観の保存に努めようとするものであるところ、本件建造物は、右歴史的景観地域の指定地域から遠く離れた位置区域にあって、西部地区の歴史的景観地域の景観形成に格別の影響を及ぼすものではないから、その取壊しは、景観条例に反するものではない。

また、本件建造物の取壊しは、規定上、債務者又は函館市教育委員会が景観条例に基づいて義務的に景観審議会の意見を聴かなければならない場合に当たらない。

4 本件建造物は、谷地頭小学校が廃校となった平成二年四月一日以降空き家であり、全部にわたって老朽化が顕著であるから、耐力に乏しく、実際上、法令上、そのままの状態でこれを使用することはできない。

5 本件建造物取壊し及び新施設建設のための費用見積額は、四億四六〇〇万円である。

これと比較して、本件建造物全体を保存し、再使用のため、消防法、建築基準法等の法令の定めに適合し、かつ、実際の使用に耐えうるよう修理、改造するとすれば、はるかに大きな費用を要する。本件建造物の北側部分約一二七三平方メートルだけを修理、改造し、その余の部分を取り壊して一部新施設を建設する場合でさえも、その費用見積額は、約七億八九〇〇万円となり、本件建造物全部取壊し及び新施設建設の場合の費用見積額を大きく上回るものである。また、その後の経費についても、保存の場合は、本件建造物を維持保全するための費用及び機能の不十分さを補うための費用が嵩むために、その全部取壊し及び新施設建設の場合よりも多額となる。

(債務者の主張に対する認否及び反論)

一申立ての不適法性についての主張に対する反論

債権者らが本案訴訟において求める債務者の本件建造物取壊し差止めの対象となるべき取壊し工事は、行政事件訴訟法四四条にいう公権力の行使には当たらないのであるから、民事保全法による仮処分の対象となりえないわけではない。

二申立ての理由に対する主張に対する認否及び反論

1 申立ての理由に対する主張1のうち、本件建造物の取壊しが関係団体の大多数の希望に沿うものであるとの主張は、争う。

旧谷地頭小学校PTA有志や「函館の歴史的風土を守る会」など多くの函館市民の関係諸団体が本件建造物の保存活用を陳情している。

2 申立ての理由に対する主張2の事実は、否認し、主張は、争う。

3 申立ての理由に対する主張3の事実中、本件建造物が歴史的景観地域の指定地域から遠く離れた位置区域にあること及びその取壊しが、規定上、債務者又は函館市教育委員会が景観条例に基づいて義務的に景観審議会の意見を聴かなければならない場合に当たらないことは否認し、主張は、争う。

本件建造物は、景観条例の区域内に存在するものである。また、同条例一三条の二において、「西部地区のうち歴史的景観区域以外の区域において建造物を取壊等により、景観形成に大きな影響を及ぼすおそれがあると認められる行為に対し必要な措置を講ずるよう助言しまたは指導することができる。」と定めており、本件建造物の所在場所が歴史的景観地域の外に存在することをもって、同条例の対象外建造物とすることはできない。

4 申立ての理由に対する主張4の事実は、否認する。

多くの専門家は、本件建造物の修復は技術上容易であるとしており、かつ、本件建造物より古い建造物が、教育資料館等として修復再利用されている。

5 申立ての理由に対する主張5の事実中、本件建造物を取り壊して新施設を建設するための費用が四億四六〇〇万円と見積もられていること及び本件建造物の一部を保存し一部新施設を建造する場合の費用が七億八九〇〇万円と見積もられていることは認め、その余の事実は否認し、主張は、争う。

債務者は、本件建造物を維持保存するためには、高額な修復費用を要するとするが、右修復費用の積算方法には合理性がなく、むしろ、債権者らの見積試算によれば、函館市は、本件建造物を取り壊して新施設を建設するために、四億数千万円もの高額な出費を余儀なくされることになる。また、本件建造物については、これを維持保存しながら、生涯学習センター施設など幅広い市民の要望を取り入れた施設として十分活用できるし、その他函館市の新しい観光名所として位置づけることにより、観光収入の増加等の効果をもたらすといった利点があるなど、本件建造物の維持保存は、その取壊しに比較して函館市の文化的、歴史的、財政的な発展にとって明らかに望ましいというべきである。

第三当裁判所の判断

一債権者らがいずれも函館市の住民であること、債務者が函館市長であって、本件建造物の取壊しを予定していること、函館市議会が、同年九月三〇日、本件建造物の取壊し費用を含む補正予算を議決したこと、債権者らが、同月一四日、函館市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、本件建造物の取壊しを防止するために住民監査請求を行ったところ、同年一〇月二六日、右監査請求は理由がない旨の監査結果が通知されたことは、当事者間に争いがない。

二債権者らは、債務者に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく本件建造物取壊し及びその費用支出の各差止め請求を本案訴訟とし、右各請求権を被保全権利として、本件仮処分を求めているので、同号に基づく地方公共団体の執行機関又は職員に対する当該行為の差止請求権を被保全権利として右執行機関又は職員に対し右差止めの仮処分を求めることが許されるか否かについて判断する。

地方自治法二四二条の二第一項の規定による住民訴訟は、行政事件訴訟法五条所定の民衆訴訟の一つであり、地方自治法二四二条の二第六項により行政事件訴訟法四三条の規定が適用されるところ、同条三項によれば、同条一項及び二項に規定する処分又は裁決の取消し又は無効の確認を求めるもの以外の民衆訴訟には当事者訴訟に関する規定が準用される。そして、当事者訴訟に関する同法四一条によれば、当事者訴訟には執行停止の規定である同法二五条が準用されず、また、同法四四条は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為以外については、明文で仮処分をすることを排除しておらず、同法七条によれば、同法に定めがない事項については、民事訴訟の例によるものとされている。したがって、住民訴訟に関しても、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為を妨げるものでない限り、民事保全法の仮処分に関する規定が準用され、右訴訟を本案とする仮処分も許されると解する余地がないでもない。

しかしながら、行政事件訴訟法七条は、民事保全法の仮処分の規定を個別に準用しているわけではなく、行政事件訴訟の全般について抽象的に「民事訴訟の例による」としているのみであるから、民事訴訟の例ではあっても、行政事件訴訟の性質に反するものについては、その例によるべきではないと解すべきである。そして、同法四三条三項は、当事者訴訟に関する規定を準用すると規定し、これを適用するとは規定していないのであるから、当事者訴訟と住民訴訟とでは、民事訴訟の例によるべき範囲について、その性質の違いに応じた差異があるというべきである。すなわち、住民訴訟は、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として法律によって特別に住民に与えられた権能であり、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的として、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものであって、個人的利益の保護を目的とするものではないから、その性質上、個人的利益の保護を目的とする民事訴訟の例によることのできる場合の解釈については、おのずから限定的にならざるをえないというべきである。

ところで、民事訴訟においては、当事者能力を有するのは、いわゆる権利能力のない社団又は財団を除き、原則として民事実体法上の権利能力を有するものとされるところ、地方自治法二四二条の二第一項一号による住民訴訟(以下「一号訴訟」という。)においては、地方公共団体自体又は長個人若しくは職員個人ではなく、地方公共団体の執行機関としての長又は職員が被告とされるが、地方公共団体の執行機関たる長又は職員は、本来、民事実体法上の権利能力を有しないものであり、同号の規定により特にその訴訟上被告としての当事者能力が認められているのであって、これを離れて民事訴訟法上一般の当事者能力、ひいては民事実体法上の権利能力を有するものとされるわけではない。それゆえ、仮に一号訴訟について仮処分を認めるとしても、その債務者は、本案訴訟の被告と同じく地方公共団体の執行機関たる長又は職員ということになるが、このような権利能力を有しない者を債務者とする強制執行は現行法上不可能であって、間接強制等の強制手段はないから、任意の履行に期待するほかないということになる。もっとも、強制執行が不可能であることは、本案である一号訴訟の勝訴判決についても問題となるが、その場合には、行政事件訴訟法三三条一項(地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項)による判決の拘束力によって目的を達することができるのである。これに対し、仮処分命令については、これと同様の拘束力を認める規定がなく、右規定を類推適用することも理論上困難というべきである。とすれば、当事者訴訟においては、その当事者が民事実体法上の権利能力を有していることから、民事保全法の仮処分に関する規定を準用する余地があるとしても、一号訴訟においては、右規定を準用することは、その性質に反するものといわなければならない。

また、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求権は、回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合という限られた要件の下で保全処分的に行使することができるものであるから、同号が、住民に対し、一号訴訟を提起するという以上に、民事保全法上の仮処分を求める権能まで与えていると考えることは、法の趣旨に合致しない。

以上の諸点を総合勘案すれば、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく地方公共団体の執行機関又は職員に対する当該行為の差止請求権を被保全権利として右執行機関又は職員に対し当該行為の差止めの仮処分を求めることは許されないというべきである。

これを本件についてみるに、債権者らは、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく本件建造物取壊し及びその費用支出の各差止請求権を被保全権利として、債務者に対し、本件仮処分を求めているのであるから、本件申立ては、いずれも不適法なものである。

三結語

よって、その余の点について判断するまでもなく、債権者らの本件申立ては、いずれも理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官橋本昌純 裁判官鈴木陽一 裁判官加藤亮)

別紙物件目録<省略>

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